誕生日、冬、女。

"誕生日が近づく度に、生まれてからこんなに時間が経っちゃったんだなぁという溜息と、他人から認識されている!ヤバ!っていう嬉しさが同時に押し寄せる。ずっと自由に生きたい。もっと身軽になりたい。自分で決めて、自分の力で生きたい!"

 

今年初めての誕生日祝いを貰って、考えたこと。この気持ちを忘れてはいかんと思って、インスタに写真とともに記録を残した。誕生日が年々嬉しくないものになると言う人がいるかもしれないけれど、全く理解出来ない。誕生日月ってのはいつだって最高で、サイコーを自他共に認識していいってのがある程度確約されている、年間で数少ないサイコーの時期。

 

生まれてから今までの過ぎ去った時間に驚嘆して溜息もつくけれど、それ以上に、これほど時間が経っても自分以外の他者から存在を認められている事への喜びと、そういう存在によってこれからもなかなか楽しいかもしれないよね、っていう未来へのワクワクも生まれる。

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こんな可愛いものを貰ってそう思わずにいられる?英語で言うと I can't help being happy. って感じ。

 

 

ホイアンの備忘録なんて1つも書かずに、冬。

今年は暖冬「だった」という表現が多分適切で、今日はもう寒い。

知ってはいたけど、社会人としての一人暮らしが始まってから確信に変わる、「私は出不精」という事。一日中部屋に篭ってること以上に幸せなことは数少ない。夕方の絶望感は計り知れないけど笑

だけれど私は、この自由をとてつもなく満喫してる。食べたい物を食べて、欲しい物が見つかる&売ってる街へ容易に出掛けられて、私の行動を規制するのは私だけ。人生で一番自由。今が一番最高。

獣になれない私たち を見て、主人公が「ひとり」について話すシーンをたまたま見た。私が思ってることと似てて、わぁお!と思った。

 

誰かとペアじゃない人は価値が低いのか?

誰かと生きることも、ひとりで生きることも、その他色々な事も、自分が決めたのなら、それぞれのownなもの(この英単語が一番相応しい気がする)だよね。と常々思うし、反省することも多々ある。知らぬまに誰かを傷つけたなと後々になってへこむ時もある。

 

自由でいられなくなるくらいなら、誰とも一緒に生きない。人間だから、街行く人を見て、私にも常に隣に居てくれる人が欲しいなと思う事は何回もあるけれど、ひとりで歩きたいと思った時に、容易にその時間が確保出来ないのは辛い。

自由の意味は沢山あって、私の自由の解釈もどんどん変わっていくのも確か。

心も体も自由に。

今は、まだまだまだまだ走りたい。