羽田空港からロンドンへ

人生で初めて降り立ったヨーロッパの地、ロンドン。

自分のお金で、自分で予定を立てて行った。

家族と一緒の旅行や、小さいころに連れて行ってもらう旅行だったら、私はこんなにロンドンを気に入ることはなかったと思う。

そんな感じで、忘れちゃいけない旅だと思うから、ここに書き残しておこうと決めました。

航空券+ホテルのみのHISのツアーで10万8070円。

2017年1月25日に予約&入金をして、3月9日夜に出発、15日夜羽田着。

羽田→ロンドンで、途中ドーハでの乗り換え。航空会社はカタール航空

初夢フェア第2弾として破格で売り出されてた。ウェブ限定だったのかな。

 

出発時間が15分早まってるカタール航空が私たちの便。

早まるって、どゆこと?!って感じだけどカタール航空では日常茶飯事らしい(笑)

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羽田空港大好き。いつ見ても美しい。

早めに行ってつるとんたんを食べて、散策して、飛行機に乗り込む。

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つるとんたんはめちゃくちゃ並んでた。でも今回は妥協しなかった。そして安定の麺1.5玉。お腹がはちきれそうになった。

羽田空港には一足早く春が来てました。

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造花だったけど。

予告通りの15分早い搭乗と離陸だった記憶がある。

いつか中東の航空会社を利用したい!と思っていたから、カタール航空(もしくはエミレーツ、どちらかの予定だった)ってだけで、ロンドンという目的地と同じくらい興奮してた。

カタール航空は、ムーディーなライトで私たちを出迎えてくれました。

紫ってエロい。そこから中東のリッチさを感じた。

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リッチな航空会社のみ提供することができるアメニティセットも、しっかり貰った。

映画も充実してて最高だった。モアナ、Jackie、ララランド、君の名は。とか人気の作品は大体あった。日本語字幕・吹き替えの有無は作品によって違った。

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リモコンがiPhoneみたいなタッチスクリーン型で感動。

ドーハ/ロンドン間(5、6時間くらい?)もカタール航空だったんだけど、映画の数とかが羽田/ドーハ間に比べると少なくて、長距離便は豪華というか、長距離用の綺麗で新しい機体&サービスだと実感しました。

機内食も美味しかった。

ここでもリッチなエアラインが日本就航便で出せるお蕎麦(和食)があった!メインの魚も美味しかった。ちなみにシンガポール航空でも和食が選べて、お蕎麦ありだった。

照明がムーディーすぎて、美味しいのにまずそうに見える。

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朝ごはんはオムレツ。

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ドーハに着くまでがとても長く感じた。

その理由は明確に分かっています。つるとんたん+機内食+ビールを抱えた私の満杯のお腹は、飛行機という異空間&同じ体勢で座りっぱなしという状況に耐えられず、私は人生で初めて、空の上のトイレで吐きました(笑)

その後も胃が気持ち悪くて全然寝られなくて。寝て起きてもまだ5時間くらいある、絶望。みたいな感じで辛かった(笑)適度に空腹で飛行機には乗るべきだと学びました…。

 

ドーハ空港は広すぎ&豪華&綺麗。

乗り換えの時間が短かったから空港内を見て回る時間はなかったけど、有名なこの子には会えた。

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ひとつひとつのゲートがガラスの壁で仕切られていて、ゲートのデスクも立派だった。お金ありすぎ…さすが中東。

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カタール国内にもいつか行ってみたいなと後ろ髪を引かれながら、ロンドン行きの飛行機に乗り込みました。

ドーハからロンドンは空席がちらほらあった記憶。当然だけど、機内エンタテイメントに日本語はありませんでした。日本からドーハに着いたのが早朝(だったはず。時差があって体内時計は狂ってた。)からドーハから離陸してすぐ寝た。

この便でも機内食の提供があった。さっきドーハ到着前の機内で朝ごはん食べたからマジかってなったけど、貧乏性だからオムレツを一応頼んで一口食べた(笑)

日本/ドーハがとてつもなく長かったので、ドーハからロンドンは感覚的には一瞬で着きました。乗り換えは確かに疲れたけど、カタール航空は飽きないしサービスも良かったからそんなに苦じゃなかった。もっと肉体が衰えたらキツイかもなぁと感じたけど。その時は直行便で行く。

飛行機ってやっぱりアガルわーとなって、無事にロンドン・ヒースロー空港に着いた。

 

ロンドンに、また行きたい。

ロンドンに行ってから3ヵ月が経った。

3ヵ月の間に信じられないほどたくさんの悲しいことがイギリスで起きて、今日本で健康に、安全に生きていることが奇跡なんじゃないかなぁと、ふと思う。

自分が日本に帰国した1週間後にビックベンの下で起きたテロも、マンチェスターのスタジアムで起きたテロも、自分が巻き込まれない可能性は0じゃなかった。

旅に出るのはリスクしかないから、飛行機には乗らないし、海外へも行かないと言う人がいて、それもまた正論だなと感心してしまったのだけれど、じゃあ果たして私は安心で安全な生活を島国の中で送り続けたいのかというと、全然そうじゃない。

行きたい場所も、見たいものも自分の起点とする島の外に沢山あるし、島の外へは意外にも容易に出ていけるということも知ってしまった。

世界は繋がってる。

ロンドンに行きたいなぁと思う事が最近よくある。

「日本での生活は窮屈だ」と、声を大にして言えるほどの欧米への憧れは私には無い。日本は最高の国だし、東京は世界で一番面白い都市だと思う。東京ヘの憧れと恋する気持ちは、これまでもこれからもずっと消えないと確信してる。

だけど、東京で生活をして、東京で死にたいかと言われれば悩む。

もし「ロンドンで生活できる切符があるんだけど、行く?」と聞かれたら私は迷わず行く。

行く前も、行った後でも、私のロンドンへの憧れは消えなかったし、変わらなかった。

美味しいフィッシュ&チップスを探す旅ツアーもしてないし、9と3/4番線にもまだ行ってない。sketchという最高にかわいいレストランでアフタヌーンティーもしてないし、ロンドンアイにも乗ってない。

やりたいことはまだまだたくさん。

ロンドンに、また行きたい。

ロンドンに、また行く。

ソール・ライター

ソール・ライター展に行った。

 

多分彼自身は、自分がこんな風に賞賛されて、注目を集めて有名になることは得意じゃないんだろうな。

"自分の作品が褒められるのは素直に嬉しいけど、だからって自分が偉いわけじゃない。"って言いそう。

 

ファッション、ストリート、カラー写真、絵画もやったし、パートナーのヌードも撮った。

盛りだくさん。

 

本人も言っていたように、白黒よりもカラーの写真の方が素敵な気がする。

私がいいなって思ったのはほぼカラー写真だった。

 

「自動車」っていうタイトルの写真が一番好きだった。タイトルの「自動車」は一目見てそれだって分かるようには写真の中に全く写ってなくて、え?って思った。

全体の3/4は真っ暗で何も写ってなくて、右上の1/4くらいが長方形にNYの道の景色が写ってて、そこにぽっこりお腹のおじさんが横を向いて立っている写真。

 

車の中からおじさんを撮った瞬間。

黒い部分は車の影というか、車の中の暗い空間なんだろう。

よくこんなとこから撮ろうと思ったな。

素敵だし、少なくとも私はこの写真がアートだと確信してる。

おじさんの後ろには、ショーウィンドウにある見切れたネオンサインが写り込んでる。

それがまたとてつもなく雰囲気を醸し出してて、お洒落で、ネオンサインにアメリカを感じずにはいられない私にとってはかなりのツボを抑えてる写真。

 

本当はそのポストカードが欲しかったんだけど無くて、「天蓋」という題がついた写真のポストカードを買った。

 

これも上2/3が真っ黒で、

下の隙間のような部分に吹雪の中でNYの街を歩く人が写ってる写真。

白黒じゃないんだけど、白黒みたいな。

下の狭い部分にしか人や街は写ってないのに、そこから寒さ、街にいる人の気持ちがとてつもなく伝わってくる。

「すげぇ。」って本気で思った。笑

 

私は雪の中にかすかに見える後ろの公園のような場所がブライアントパークに見えて仕方なくて、それもあってポストカードを買った。

 

ニューヨークで私が一番好きな公園、ブライアントパーク。ソールが撮った写真は1958年。80年代のブライアントパークは悪の巣窟といっても過言ではないほど荒れてたらしいから、彼が写真を撮ったあとに随分変わったのかな〜と想像したり。

 

それにしてもニューヨークに行きたくなる。

 

 

日曜日→月曜日

日曜日と月曜日の切れ目。

今から24時間前の日曜日を生きてた私と

そこから24時間後の今を生きている私。

 

時間はつながっているはずなのに

確実に私は止まることなく息をしていたはずなのに

どうしてこんなにも違う世界にいると感じるのか。

 

日曜日と月曜日の切れ目はいつなのか。

 

夜に眠るってことは、

時間を切るっていう行為でもあるのかな。

 

信じられないくらい昨日が遠い。

確実に私はそこにいて、確実に私は笑っていた。間違いなくそれは昨日で、24時間前の私は楽しかった。

 

月曜日の気持ちって本当に不思議。

24時間前に戻りたいなぁって思うけど、戻ったってまた月曜日がやってくるのは変わらないんだと、時間の流れは未来に進むだけなんだって思い出す。

 

仕事を充実させる。前向きに頑張る。

みんなやってる。

それでも月曜日はいつも曇り模様。

 

未来に楽しみな予定を入れるのは、戻れない日曜日を受け入れつつ、ポジティブに生きるため。

それが大人。

泣き喚いても、シクシク泣いても

メソメソいじけてても、

もう私達には前に進む道しかない。

 

切れない時間も辛い。

嫌なことがずーっと切り替えるタイミングなしで心や体に残るから。

 

眠ることで時間が切れる。

楽しかったことも、悲しかったことも

全部眠る前の出来事になる。

忘れられないような激しい気持ちも

眠りが落ち着かせてくれる。

良いことなのか、悪いことなのか。

眠った後、目覚めた時はまだ何もないから、

(少し覚えているかもしれないけど)

だからその時だけは

頑張ろう って。

やってやろうって。

そう思って起きたいもんですね。

 

泣きそうになる瞬間

東京にいると、泣きそうになる。

 

シートを敷いて大切な人と寝そべる光景。歩いている老夫婦。向かい側からやってくるめちゃくちゃオシャレなシティーボーイ・ガールたち。はしゃぐ子供とそれをスマホに収める両親。白人と日本人のカップル。日本語じゃない言葉を話す観光客。ベンチでくつろぐ人。横断歩道を埋め尽くすほどの人の群れ。それに興奮する人と、興奮する人を見て、東京を実感する人。

 

「東京」を感じた瞬間、猛烈に泣きそうになる。

自分がその中にいることと、その中に自然に混じっている(ように感じる)ことに毎回毎回、感動する。

 

表参道を歩く自分。

代々木公園にいる自分。

夜の渋谷でスクランブル交差点をスタスタと歩く自分。

お洒落な人とすれ違う自分。

 

全て自分が体験していること。

他の誰でもない自分が、存在している場所であり見ている景色。

私はこの世界に憧れがあって、

今憧れの世界の中に自分もいるという事実。

その事実が嬉しくて、信じられなくて、少し悲しくて、少し誇らしい。

 

だから、泣けてくる。

 

世界で一番好きな都市、東京。

そこで私は、今、生きている。

 

ブラックコーヒーはブラックコーヒーで。

ブラックコーヒーは、ブラックコーヒーのまま飲むのが好き。

クリームは入れない。

ここでいうクリームはコンビニや喫茶店にあるプラスチックの容器に入った少量の白い液体、コーヒーフレッシュのことを指す。

あれって生クリームでも牛乳でもなくて、油だってことを知ってからは、私は極力口にしないようにしてる。

 

ブラックコーヒーはブラックコーヒーのままが一番美味しい。

私はいつブラックで飲めるようになったんだろう。

知らず知らずのうちにブラックコーヒーは私の意識下にいて、無性に「飲みたい!」と思わせる存在になっていた。

好きなものなんてそんなもんで、知らないうちに好きになってるんだね。

 

もし味を変えたいのであれば、たっぷりの牛乳と適度なガムシロップまたは砂糖を加えて濃厚なコーヒー牛乳にするのが好き。

それを満足するまでガブガブ飲む。

 

それができるのはお家でだけ。

お店で頼む「簡単で、お洒落、なおかつ美味しいラテ」もいいけど、高いし、ガブガブ飲むのもなんか違う。

氷を入れた大きめのグラスとスーパーで買ったブレンディ無糖。そこに牛乳とガムシロップを入れれば、最強最高のコーヒー牛乳の出来上がり。

 

仕事から帰ってきて、腰に手を当ててグビグビと飲むコーヒー牛乳の美味しさったら。

 

今日も1日お疲れ様。頑張ったね。って、その時くらいは自分を褒めてもいいでしょ。

うまくいかない1日だったとしても、

疲れ切っててボロボロでも、

暇で退屈な時間を過ごしたとしても、

それでも今日も1日乗り切ったんだもん。

頑張った。

 

ブラックコーヒーとコーヒー牛乳

選ぶ自由と好きなだけゴクゴク飲む権利はあるわ。

 

生きるって、どんなことよりも難しい。

東京に住んでることで得られることはいっぱいある。いっぱいありすぎて飽和状態だなぁって思う。だけど、だから楽しいし、もっと楽しみたい。でもそうじゃない場所と時もあるってことも同時に分かり始めたのが最近で、自分だけが楽しくていいのかなとも考える。社会人一年目のひよっこに何が出来るって話だけど、探せば問題は沢山あるし、すぐに解決策が見つかるような簡単なことじゃない。でもそれが人生ってもんなのかと。みんな悩みながらも、もがきながらも、必死で楽しむ術を見つけて強く生きてるのか。そう思うとなぜか泣きそうになる。自分だけじゃないんだっていう安堵からくる涙なのか、はたまたみんな同じ痛みを抱えているっていう悲しみの涙なのか。生きるって、難しい。